3月3日 夢の都・台北へ

 関西国際空港
 2005年3月3日、朝7時30分に起床する。アラームは大塚愛「さくらんぼ」。朝食を食べ終えて父の車でJR尼崎駅へ向かう。平日の朝だが途中渋滞に遭うこともなく、約20分で尼崎駅に到着。せめて朝夕だけでもリムジンバスを阪急塚口駅まで走らせてくれればこんな手数はかけなくて済むのだが。父と立話しながら待つこと15分、ロータリー中央で待機していた関西空港交通の青いリムジンバスが乗り場に停車したので乗車する。台湾をはじめとする東アジア諸国に行く昼の便に乗るのか、車内には他にも海外旅行客の姿が多く見受けられた。


関西空港行きリムジンバスのバゲージタッグ


 バスは途中阪神尼崎駅を経由して空港に向かう。高架を走る5500系普通電車と8000系更新車の直通特急を見て、「これで阪神電車も見納めか」とつい不吉なことを考えてしまう。阪神尼崎でさらに客を乗せたバスは、中島ランプ(大阪市西淀川区)から交通量の少ない阪神高速湾岸線に入り空港へと南下を続けた。

 今まで海外には数回旅行したことがあるが、一人きりの海外旅行は今回が初めて。よって異国への独り旅に対する言い知れぬ不安や緊張は相当なものだったようで、仮眠を取ろうとしても全然寝付けない。結局一睡すら出来ぬまま、10時10分ほぼ定刻に関西国際空港に到着。他の客がみな一直線に国際線チェックインカウンターに急ぐ中、とりあえず適度に緊張をほぐせるのならと思い駐機中の旅客機を少し撮ってみる。

 写真を2枚ほど撮ったところで代理店から指定された集合場所に向かう。実は集合時間まではまだ40分ほど時間があるのだが、善は急げ、いやむしろ急ぐは善ということで予定より早めにHISのカウンターで航空券を引き取る。航空券を手にしたはいいものの、搭乗手続きの開始にもまだ早いので、それまで航空券を腹に巻いた貴重品袋にしまっておこうとしたが思いのほか袋が小さくて断念した。仕方なく黒い手提げ袋の中のクリアファイルに一時収容ということにするが、安全上ちょっと心許ない。

 ここは搭乗前に新しい貴重品入れを買わなくては…と初っ端から新しい出費に頭を悩ませる羽目に。まあ今回は初めての単独洋行、しかも7日間とあって親の餞別込みで多めに金を持ってきたのでどうにかなるだろう。

 あれこれ思案するうち、搭乗手続き開始の時間が来たので、旅行かばん片手にカウンターに向かう。台湾への往路に使うEL/BR2131便はEL(エアーニッポン)とBR(エバー航空)の共同運航便で、どちらの便名で予約してもターミナル北ウイングのANAカウンターでのチェックインとなる。ちなみに私はANAのマイレージが加算されるということでエアーニッポンの格安航空券を購入していた。桃の節句とあり、雛人形の折り紙が飾られたカウンターでスムーズにチェックインとマイル加算を済ませ、リュック兼用の旅行かばんを預ける。これで一見出国手続以外なすべきことはない状態になったかのように見えたが、私にはまだやっておくことがあった。

                         

              雛祭りにちなんだ装飾(関西空港ANAカウンター)             BR/EL2131便の搭乗券

 先に挙げた新しい貴重品袋や南京錠といった足りない旅行用品の購入、お金の両替などなどである。関空開港当時、「敷地内にないのは学校とお寺だけ」と言われていただけのことはあり、広いターミナルでは大方の旅行準備が事足りる。この時、現地でも調達できると思ったばかりに旅行用洗濯石鹸を買いそびれたのだがこの事が後に大問題を引き起こすことになる。 

 ともあれ、用事も一通り済んだので出国審査に降りる。5年前インドに行った時とは違い、日本人の出国者カードは廃止され、審査に要する時間もそれだけ短くなっていた。乾燥対策ののど飴を買い、パナソニックのモニターを少しいじってからシャトルで搭乗ゲートに移動。そろそろ12時だし搭乗ゲート前でNHKニュースでも見ようとテレビに目をやると、「堤前会長逮捕」の文字。今朝の新聞に「今日取り調べ」とあったのは知っていたが、よもやここまで急に事態が展開するとは思ってもいなかった私にとって一連の逮捕劇は寝耳に水だった。あと高知県の土佐くろしお鉄道宿毛駅で起こった列車暴走による惨事。目の前の画面に流れるのは暴走特急に破壊された駅舎の映像ばかりで、車両の映像はまだ入っていない様子。しかし帰国後に知ったのだが、破壊された駅舎の映像をよく見れば原形をとどめぬまでに粉砕された特急「南風」号のステンレス片が確かに写っていた。さながら飛行機事故の残骸みたいで、今考えるとこれから3時間弱飛行機に乗る身としては縁起でもないニュース映像だったというわけである。

  

今日の搭乗機、BR/EL2131便台北行き。機材はA330-200(B-16305)


 台湾の翼、エバー航空
 やがてアナウンスが入り、BR/EL2131便の搭乗開始時刻が案内された。ビジネスクラスの乗客が搭乗した後、12時40分頃にいよいよ搭乗機エアバスA330-200(B-16305)の機内に入る。この便を運航するBR(といっても数年前の深作欣二監督による怖い映画のことではなく、台湾のエバー航空)は1989年運航開始の新興エアラインで、サービスの良さには定評がある。日本では大阪、東京に就航するA330-200は同社最新鋭の機材で、エコノミークラスを含めた全ての座席に個人用TVが設置されている。大形スクリーンや個人用TVに映る系列会社のオーケストラに迎えられながら、「23A」の座席に着席し早速音楽を楽しもうとイヤホンをいじっていると、突然ハイソな母娘から声をかけられた。

「Here is my seat」

 私はすわオーバーブッキングかと思ったものの、すぐ冷静になり自分が間違っているのかも知れないと思い直し、自分の搭乗券を再確認してみた。

 何と、正しい私の座席は2つ後ろの「25A」。やはり緊張しすぎているせいなのか、出だしから失態をやらかしてしまう。40代と20代のセレブ系台湾人母娘にきちんと謝罪し、私は本来の座席に移動する。今度の相席は40歳ぐらいの男性。この時点では日本人か台湾人かは分からなかった。

 美麗島目指してテイクオフ
 かくの如く一悶着はあったが、北京語/英語/台湾訛りの日本語によるアナウンスに続いて機体のプッシュバックが始まった。定刻より1〜2分遅れていたはずである。アナウンスによると現在の台北は気温10度、意外に寒いようだ。先発のソウル行き大韓航空B747-400と並んで滑走路へ向かう途中で、機内安全についての放送が個人用TVを通して行われる。この放送は非常時を想定した訓練の再現映像や日本語のナレーションが使われることで、幅広い層の乗客にとって分かりやすいものになっていた。その一方で、座席前ポケットに備え付けてあるラミネート製の安全のしおりは機内誌の陰に隠れており、一目でどこにあるか分からないようになっていた。ちなみにJALなら座席前ポケットの一番前の一番人目につき易い場所に安全のしおりとエチケット袋が備え付けられている。これはただ単に今朝の台北からのフライトでこの座席に座った客が安全のしおりに目を通した後、機内誌の裏に挟んだまま降機しただけなのかもしれないが、もう紙のしおりの時代は終わったということなのだろうか。

 イヤホンからは中国語のキュートなガールポップの旋律が聴こえてきた。(あとでアイドル蔡依林の新曲と分かる。)長い空の旅に備えて、機内エンターテイメントのシステムがセットされたようである。13時10分、BR/EL2131便は機内オーディオのアップテンポなナンバーに乗るように勢い良く関西国際空港を離陸した。左窓側の座席からは早春の日本列島が望めるだろうと期待していたが、機体が離陸後すぐ大阪湾上空で厚い雲の中に入ってしまったので興醒めである。結局往路は台北中正国際空港手前まで一度も眼下の風景を目にすることが出来なかった。おまけに今日の西日本一帯には低気圧も発達しているといい、昨冬福岡から帰る時に利用した全日空機での悪夢みたいなことが起こらねばいいがと思う。あの時はB777-200がエアポケットのため難破船のように激しい揺れを繰り返し、正直死ぬかと思ったほどである。

 そんな私の不安をよそに機が順調に上昇を続け、もうすぐ水平飛行に入るというところでシステムがセットされ、個人用TVが使えるようになったようである。機内のあちこちで乗客が思い思いの映画やゲームに興じはじめた。ところが、私とその周囲の数席のTVだけはなぜか全く作動しない。モニターに個人用TVの利用言語の選択を行うスタート画面は表示されているものの、コントローラの十字キーをいくらいじっても利用言語をはじめとする各種コマンドの選択に使用するマウスポインタを操作できないのだ。

 周りの客がみな楽しんでいる中、自分達だけ何も楽しめないのには納得が行かないので、私は迷わずキャビンアテンダントを呼ぶためのボタンを押した。ほどなくなかなか美人なキャビンアテンダントが現われた。

 「This controller is broken.」 英語で事情を説明すると、数分後に画面上のマウスポインタは何事もなかったように動きだした。冷静に考えれば、たかだか3時間のフライトでテレビが見えないということは機体のトラブルによる緊急着陸や欠航などに比べれば大したことでは無いだろう。しかし、せっかく個人用TVがあるのだからその恩恵に浴したいと思うのも人間として当然の感情ではないだろうか。

 誤植だらけのJ-POP紹介
 めでたくコントローラが稼動するようになって最初に行ったのがナビゲーションマップの視聴である。現在位置は日向灘上空とのこと、これから鹿児島上空を経た後東シナ海に出て一気に台北を目指す様子。現在地の確認を終えると次はオーディオのチャンネルをJ-POPにチェンジしてみる。機内誌に最新ヒットが盛りだくさんと書かれている割には、Gacktの「君に逢いたくて」やゴスペラーズの「ミモザ」といった去年の12月頃に流行っていた楽曲が多いようだった。どうも台湾のチャートは日本と比べ、流れが遅いようである。おまけに機内誌およびモニターでは玉置成実が玉置成美となっていたり、上戸彩が上戸綾となっているなど誤植も散見された。まあ日本文化を積極的に受け入れている隣の国とはいえ、外国は外国だから無理もない話である。

 水平飛行に入って暫くすると、機内食が配られる時間になる。ビーフとチキンのチョイスが出来るということで、ビーフを選択する。気になるメニューは牛肉の載った御飯、紅白2色の蕎麦、デザートのマンゴーパイと果物である。蕎麦とマンゴーが日台折衷の趣を添えていると言っていいだろう。朝食以来何も食べていなかったせいか箸がよく進む。

 ミールサービスに引き続いて行われたドリンクサービスで、私はよりによってトマトジュースを頼んだわけだが、鈍感だったからなのか、うまく英語が聞き取れなかったからなのかキャビンアテンダントからの氷を入れるか入れないかとの問いに上手く反応できなかった。そこへ隣の席の旅慣れた日本人男性が助け舟を出してくれた。「氷が要るのか?要らないのか?だって」キャビンアテンダントに対してその時の私がどう答えたか正確には思い出せないが、ともかく親切な隣客のおかげで私は氷入りのトマトジュースにありつけたわけである。

 この男性と食事をしながら少し話してみることにする。商用で渡台される途上とのこと。明日から台北市東区の世界貿易センターで開かれる自転車の見本市を見に行かれるらしい。彼が言うには、サイクルショー開催のため今日明日の台北市の宿は旅社(いわゆるビジネスホテルよりはるかに料金が安い簡易ホテル)ぐらいしか残っていないだろうとのこと。どうやら私は1,2日目の宿を出発前にHISのホテル予約サイトで確保しておいて正解だったらしい。

 さらに台湾らしい風景が残っているのは東海岸、自分が思うお勧めの都市は台南だ、などといったアドバイスをいくつかいただいた。どれも今後の行動の参考になるものだったので、海外一人旅初体験の私にとっては大いに助かった。ある友人に似た名前の隣客氏、あの時は本当にありがとうございました。降機時にお礼を言えなくて本当にすみません。

 食後のコーヒータイムが済むと、隣客氏は昼寝に入ってしまった様子。せっかくの個人用TVをナビゲーションマップ機能以外で使わないのも惜しいので、何か映画でも見ることにする。数ある映画の中から選んだのは昨年末公開された中村獅童・竹内結子主演「いま、会いにゆきます」。人気の映画である上、全編中文の字幕付きなので簡単な中国語の勉強にもなる。これは一石二鳥だとばかりにしばし鑑賞タイム。主演の竹内結子が昔親しくしていた女性に見えて、フラッシュバックが起こりそうになったのを除けば特に可もなく不可もない映画だった。  

 台北中正国際機場到着
 しかし大阪−台北間の飛行時間は実質3時間もなく、機内映画や音楽、ゲームを満喫するにはやはり短い。1時間ほど経ったところで、どうせ着陸までに見終わらないのならということで私は映画を見るのを止めて再びJ-POPや台湾POPを聴き始めた。倉木麻衣とアルバムでデュエットしていたシンガポール生まれの歌手・孫燕姿のアルバムがオーディオプログラムに入っていたので少し聴いていると、そこへ機長からアナウンス。台北の天候は雨、気温は10度、あと10分で降下を開始するとのこと。出発前に去年同時期に台湾に行かれた先輩から「この時期の台湾では毎日半袖で何ら問題なく過ごせる」と聞いていたので、予想外の寒波に一瞬怯んでしまう。だが、海外個人旅行者にとってのバイブル「地球の歩き方」によると3月上旬の台湾では朝夕など冷え込むことがあり、長袖を持っていくのが無難と書かれていた。それを踏まえて実家から荷物になるのを覚悟の上で長袖を何着か持ってきたことだし、まあ何とかなるはずであろう。

 間もなく着陸ということで、時計の針を1時間戻す。現地時間の14時45分頃、機は降下を開始し分厚い雲海の中に突入した。そして15時16分、霧雨に煙る台北中正国際空港に着陸。機体は雨のためか強めのブレーキで減速し、エバー航空の僚機や遠東航空のB757を横目に第2ターミナル(第二航厦)南側のスポットに入り停止する。かくして私は5年来行こうと思っていた台湾に記念すべき第一歩を記したのであった。

 真新しい第2ターミナルを降機口から入国手続き場へと進む途中、SARSウイルスの流入防止のためか大型のセンサーによる入国客の体温検査が行われていた。実は数日前から風邪気味だった私、微熱でもあったのか機内と地上の温度差のせいなのかこの時体が火照っていた。案の定センサーに引っ掛かってしまう羽目に。

 「ちょっと出て下さい」

 えっ、俺がと思いつつ、恐る恐る列の外に出る。列の外で私は耳に小型のセンサーを当てられた。「もういいよ。」どうやら嫌疑は晴れたようである。旅行初日の夜を空港近くの桃園県の病院で迎えることは何とか回避された。

 無事釈放された私は、入国手続き場の手前で入国カードを記入する。実は機内でもアテンダントが配布していたのだが、鈍感な私はアテンダントの巡回に気付くのが遅れて貰い損ねたのだ。私のほかにも大学生と思しき集団が同様に入国カードを貰い損ねたらしく、少し慌ててカードの空欄を埋めていた。

 おかげで入国手続に意外と時間を取られる羽目になった上、預けた荷物が出てくるのも比較的遅かったので到着ロビーに出たのは着陸から1時間になろうとする16時過ぎのこと。ちなみにこの時荷物受け取り場の隣のレーンではハノイ便の表示が出ていた。ハノイは北京語で「河内」と表記するらしく、大阪からの大学生一行が故郷の地名を連想したのか興味深げな様子だった。このように、中国語の外来語表記というものには何ともいえない面白味がある。たとえばロレックスの広告には「ROLEX・労力士」と書かれていた。この広告を見ると千秋楽、土俵の上であのモンゴル人が賜杯を授与されている姿がつい脳裏に浮かんでしまう。

 到着ロビーではこういった北京語の表記に限らず、「黒松飲料」の自販機や出迎え客が持っていた「の」の字をあしらった鞄など随所から台湾の空気が漂っていた。外国からの訪問客に新鮮な驚きを与える到着ロビーの空気を楽しむのも悪くは無いのだが、いつまでも空港でのんびりしているわけにはいかない。これからバスに乗って早いこと台北市内のホテルにチェックインして、台北での初夜を最大限楽しみたいものである。(続く)

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